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吸血鬼幻想

出典:うpろだ


ある日の昼下がり。紅魔館の広く長く、そして紅い廊下を掃除する咲夜。
紅魔館ではいつもと変わらぬ日常の何気ない風景。
そこへ、一人の少女が通りかかった。
「咲夜」
「レミリアお嬢様、今日もお出かけですか。日傘を忘れずにお持ちくださいね」
「大丈夫だって。咲夜は心配性なんだから」
玄関の方へと向かって廊下の角を曲がる少女の背中を見送りながら、咲夜は深い溜息をついた。
最近毎日のように出掛けるレミリア。それも昼間に。
だが咲夜が心配なのは、日光が愛しいお嬢様の体を傷つけかねない、という事では無かった。

「そんなに心配なの?」
予期せぬ声に驚く咲夜。
はっとして振り向くと、声の主はパチュリーだった。
「あら・・・パチュリー」
いつもは図書館の外に出ないパチュリーの姿を目にし、意外な表情を見せる。
「大丈夫よ。お嬢様の生命に関わる事なんだから、傘を忘れたりなんかしないって」
「ええ・・・それは解っているわ。でも、私が心配なのはそんな事じゃないの」
首を傾げるパチュリー。
「じゃあ、どんな事?」

「忘れ物しちゃった・・・やっぱりお茶菓子は持っていかないとね」
さっき通ったばかりの廊下を引き返してきたレミリア。
その耳に、咲夜達の話し声が入ってくる。
「・・・心配なのはその霊夢さんの事なんだけどね。
 でも、レミリアお嬢様の事が心配だとも言えるわ」
「どういう意味?」
レミリアは自分の名前が話に出ているのが聞こえて何となく出にくくなり、
廊下の曲がり角の影から二人の話を立ち聞きした。

「お嬢様があんなに一人の人間に入れ込んでしまうのは危険だと思わない?
 ・・・レミリアお嬢様、フランドールお嬢様、パチュリー、それに美鈴。
 貴方達に比べると、人間という生き物は随分と短命だわ。
 それこそ人間の一生の営みなんて、貴方達から見たら一瞬かも知れないわね・・・」
「・・・つまり」
間を置いてパチュリーが口を開いた。
「霊夢がレミリアお嬢様より先に、あっという間に死んでしまう・・・って事?」
「・・・そうよ」
「人間の寿命ってのは、どのくらいが相場なの?」
「100年生きる人間が奇跡的なくらいね」

レミリアははっとした。
今まで全く意識しなかった、吸血鬼たる自分と、人間たる霊夢の違い。
それどころか、今までは自分と霊夢が「違う」事すら気にしていなかった。
大好きな霊夢。その霊夢が、今の自分の歳の5分の1も生きない内にいなくなってしまうなんて。
そんなの嫌だ。突如突きつけられた残酷な現実に、頭が真っ白になる。
レミリアの耳にはもう二人の話し声は入らなかった。

「でもそれは咲夜、貴方もじゃない・・・って、貴方は時間を操る能力があったわね。
 それで霊夢の時間を止めてあげればいいんじゃない?」
「残念だけど、私の力だって、そう何でもかんでも上手く行くものじゃないわ」
「そうなの」
パチュリーが意外そうな顔を見せる。
「霊夢さんがいなくなってしまった時のレミリアお嬢様のことを考えると、私は心配で・・・」
「うーん・・・でも、生き物はいずれ死ぬ・・・というのは当然の事だわ。時間でも止めない限りはね。
 それこそ私達も貴方達人間もみな同じ事じゃない」
「そう。だけどそれは・・・単なる知識として完全に納得できる事かしら?
 いくら500年生きたとはいえ、お嬢様は幼く、そして世間知らずだわ。
 この事を話したとして、ちゃんとお解りになると思う?」
「それは・・・」
しばらく二人の言葉が途切れる。重い空気が包む。
「・・・こんな事話しちゃってごめんなさいね」
「ううん、むしろ話してくれて嬉しいわ。あんまり他人にはしにくい話じゃない?」
「そうね・・・じゃあ、私は掃除に戻るわ」
「そう。それじゃ私も図書館に戻るわね」

パチュリーを見送り、再び掃除を始める咲夜。
ふと廊下を曲がった先に目をやると、そこにはレミリアの姿があった。
全く予想外の出来事に、箒を落としそうになる咲夜。・・・今の話を聞かれただろうか?
「あら、お嬢様。忘れ物ですか?」
それでも動揺を隠し、努めて冷静に話し掛ける。
咲夜に気付き、レミリアはほんの一瞬驚いたような、怯えたような表情を見せた──
もっとも、咲夜だけがそう見えたのかもしれないが──
しかし、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「うん。ちょっと、お茶菓子をね」
「そうですか。ですが、お客様であるレミリアお嬢様が
 わざわざ持っていく必要などありませんのに」
「ううん、いいの。霊夢にいつも用意してもらってるから、たまには私がね」
そう言って部屋に戻るレミリア。
咲夜は、その後ろ姿をじっと見つめていた。

レミリアは日傘を差し、お茶菓子を持って紅魔館を出た。
その姿を見た美鈴が声をかける。
「お嬢様、お出かけですか」
「うん。行ってきます」
「では、私が霊夢さんの家までお送り致しましょう」
「ううん。いいわ」
予想外の答えに驚きの声をあげる。
「えっ?・・・でも」
レミリアが美鈴の言葉を制す。
「大丈夫よ」
それでもまだ何か言いたそうな美鈴を残し、レミリアは歩き出した。
美鈴はそんなレミリアの姿を見送りながら、首をかしげた。
「・・・まあ、お嬢様のあの力なら襲われるなんて事も無いと思うけど・・・」
それよりレミリアを一人で行かせた事が咲夜に知れたら、と思うと美鈴はぞっとした。
「むしろ私の身が危ないわ・・・」

博麗神社の境内を掃除する、一人の巫女の姿。
そこに、どう見ても神社とは不釣合いな出で立ちの、日傘を持った少女が現れた。
巫女が少女の姿に気付き、声をあげる。
「あらレミリア、今日も来たの?」
やれやれと溜息をつきつつも、笑顔を見せる巫女。
「霊夢、今日はお茶菓子持って来たよ」
レミリアはそう言って持ってきた袋を手渡す。
「わざわざ悪いわね・・・ってこれ、洋菓子じゃない」
「・・・あ」
沈黙。
「・・・まあ、たまには緑茶にケーキってのも悪くないかも知れないわ。たまには、ね・・・」
「・・・ごめんなさい」
「まあ折角だしとりあえずお茶を淹れようかな。
 今日は一人で来たの?いつもだったら美鈴がここまで送りに来てるのに」
「うん、今日は・・・ちょっと美鈴の体調が悪くてね」
「ふーん」
妖怪でも体調を崩す事があるのだろうか、と霊夢は一瞬思ったが、
それ以上深くは考えなかった。

日が当たらないよう、中に入ってお茶を飲む二人。
紅魔館での出来事や、博麗神社での出来事など、
いつものように取り留めの無い話をする。
が、そのうち話題も出尽くしたのか、ふと会話が途切れる。

「・・・ねえ、霊夢」
レミリアが話し出した。
「何?」
「死ぬ・・・のはやっぱり怖い事なの?」
唐突な質問にむせる霊夢。
「ごほっ!・・・何を訊くのかと思ったら・・・
 そういうのは、あんまりこういう場で話す話題じゃないわね。
 折角のお菓子がまずくなっちゃうじゃない」
苦笑いしながら、いつものように冗談を飛ばす。
しかし、レミリアの表情は至って真剣だった。
その表情を見て、霊夢は咳払いを一つしてからゆっくりと話し始めた。
「そう・・・ね、そりゃ怖くないと言えば嘘になるわ。
 でも、そういう事は普段皆忘れているの。
 もしかすると、あえて考えないようにしてるだけかも知れないけどね」
続け様に質問するレミリア。
「私達から見ると、霊夢達人間はずっと短命だけど・・・
 自分達の一生は短いな、とか考えたりしない?」
「うーん、そんな事考えた事も無かったわね。
 まああなた達が私よりずっと長く生きているのは知ってるけど・・・
 それで自分達の一生が短いとか思った事は無いわね」
「そう・・・なの」
感心したような驚いたような声をあげるレミリア。
「・・・今日は随分と重い質問をするわね。
 パチュリーか咲夜さんに何か吹き込まれた?」
「ううん、そんなんじゃなくて・・・ただ、気になっただけ」
それっきりレミリアが押し黙ってしまったので、
霊夢もそれ以上は訊かないことにした。
しばらく沈黙が続いた。

「・・・霊夢」
レミリアが口を開いた。
「ん?」
「お菓子食べたら、何だか眠くなっちゃったわ」
「あら・・・どうする?もう帰って寝る?」
「あの、その・・・」
何か言いたそうなレミリア。
「何?言いたい事があるならはっきり・・・」
「あの、膝枕、して欲しいな」
今日のレミリアには普段と違うものを感じる霊夢。
いつもなら冗談で返すところだが、さっきのやり取りの事も考えると、それも憚られた。
「しょうがないわね。ほら、おいで」
正座して、ぽんぽん、と自分の膝を叩く霊夢。
「えへへ」
レミリアは照れくさそうに笑いながら、霊夢の膝に頭を乗せて横になった。
ウェーブがかった銀色の髪を優しく撫でてやる霊夢。
他人から見れば、二人は余程仲の良い姉妹にも見えただろうか。
程無く、規則正しい寝息が聞こえ始めた。

それからしばらくして。
「茶を飲みに来たぜー・・・っと」
突然魔理沙がやって来て威勢良い声をあげた・・・が、
霊夢の膝の上で眠るレミリアを見て、慌てて声をフェードアウトさせた。
小声で話し始める。
「・・・お嬢様はお休み中か」
「うん。ごめん、今ちょっとお茶淹れらんないわ」
「いや、自分で淹れるからいいぜ。勝手知ったる人の家、ってな」
そう言うと魔理沙は台所に向かった。

台所から茶を入れた湯呑みを持って来る魔理沙。
しばらく黙って一人で茶を飲んでいたが、
何杯目かの茶とケーキを一つ平らげた後で話し始めた。
「しかしあれだな、こうして見ると、
 誰もが恐れる吸血鬼レミリア・スカーレットもただの小さな女の子だな」
「ほんとにそうね。未だに信じられないくらいだわ」
ふふふ、と顔を見合わせて笑う二人。
と、魔理沙がレミリアの顔を見て声をあげた。
「ん?」
「どうしたの?」
「これは・・・涙・・・か?」
レミリアを膝に乗せたまま、覗き込むようにレミリアの顔を見る霊夢。
「・・・涙?」
そこにはうっすらと、涙が流れた後があった。
無言のまま顔を見合わせる二人。
「・・・そう言えばね、今日のレミリアはちょっと変だったわ」
霊夢がレミリアとのやり取りを説明した。

「確かに、それは変だな」
黙って聞いていた魔理沙が首をかしげた。
「しかし、大方パチュリーか咲夜さんにでも何か吹き込まれたんじゃないか?」
「うん、私もそう思ったんだ。だけど違うって言うのよ」
「そうか・・・」
黙る二人。

「ふあ・・・」
その沈黙を破るように、レミリアが欠伸をしながら体を起こした。
「うーん・・・大分寝ちゃったかなあ。あ、魔理沙も来てたんだ・・・」
レミリアは眠そうに目を擦りながら言った。
外に目を遣ると、もう日も沈んでいた。
「おっと、もうこんな時間か。それじゃ、もう私は帰るぜ。また来るな、霊夢」
「うん、それじゃね」
「レミリアも、ケーキ、ご馳走様」
魔理沙はそう言ってレミリアの頭を撫でると、いつもの帽子を被り、部屋から出て行った。
「ん?ああ・・・」
まだ寝惚けているレミリア。再び霊夢の膝に頭を乗せ、眠ろうとする。
「ほら、レミリア。貴方もそろそろ帰らないと咲夜さんが心配するわよ」
「・・・うん」
返事はするものの、一向に起きようとしない。
「・・・しょうがない、わね」
霊夢はレミリアをひとまずそっと床に寝かせ、帽子を被せて、背負った。
「よいしょ。やっぱり見た目通りお嬢様は軽いわねえ」
「・・・」
レミリアは霊夢の背中で再び寝入ってしまったらしい。
「日傘は持てないわね。まあ今は日に当たる心配がないから、また今度でいいか」

紅魔館への道を、レミリアを背負ってゆく霊夢。
「・・・霊夢、好き」
「えっ?いきなり何言って・・・」
「・・・」
突然のレミリアの告白に驚く霊夢。しかし、それが寝言だったと解って、
「ふふ・・・私もよ」
と、一人呟いた。

紅魔館に着くと、外でずっと待っていたらしい咲夜が迎えてくれた。
「霊夢さん、わざわざすみません」
「いいのよ。私もお菓子をご馳走になった事だしね」
「ありがとうございました。・・・では行きましょうか、レミリア様」
咲夜は、ようやく目が覚めてきたらしいレミリアの手を引きながら、
霊夢に会釈をして、紅魔館の中へと入っていった。

霊夢が神社へ向かっている頃、
紅魔館ではいつものように皆が食事をとりながら、
レミリアの神社での話に耳を傾けていた。
「咲夜、今日持っていったケーキは美味しかったわ」
「喜んで頂けて幸いですわ。またお作りしますので、いつでもお申し付け下さいね」
「ああ・・・そう、魔理沙も来てた」
「えー、魔理沙さんが?もう、それなら私も行けば良かった」
フランドールがさも残念そうな声をあげる。
「でも、フランドールは昼間は気持ち良さそうに寝てたじゃない。
 だって、私がノックしても全然起きないんだもの」
「それは、そうだったけど・・・」
フランドールが恥ずかしそうに下を向いて小声で言うのが可笑しくて、食堂には笑い声が響いた。
「もう、皆そんなに笑わなくてもいいじゃない」
いつもと何ら変わりない紅魔館の風景。
咲夜はレミリアの表情や仕草をずっと見ていたが、それもいつもと変わりないように見えた。
咲夜の隣の席に座っていたパチュリーが、皆に気付かれないよう小声で話し掛けた。
「・・・いつもと変わらないように見えるわよ?
 その、廊下でお嬢様に話を聞かれたって言うのも、あなたの杞憂じゃない?」
そう言われたものの、咲夜の表情は曇っていた。
「・・・そうならいいんだけど・・・」

夕食後、皿洗いをする咲夜。
美鈴が食堂から皿を運んでくる。
「美鈴」
「は、はいっ!?」
妙に上ずった声を出す美鈴。
「な、何でしょうか」
「今日、レミリアお嬢様をお送りした時、お嬢様の様子がいつもと違ったりとか・・・した?」
「ご、ごめんなさい!今日は、お嬢様を一人で行かせてしまいましたっ」
皿を持ったまま頭を下げる美鈴。
あまり勢い良く頭を下げたので持っていた皿が落ちそうになり、慌てる。
「一人でって・・・どうして?」
「そ、それはお嬢様が一人で行くとおっしゃるので・・・
 止めたんですけど、全く相手にされず・・・」
申し訳なさそうに顔を伏せている美鈴。
「・・・そう。解ったわ」
そう言うと、咲夜は食器を洗う水を止め、濡れた手を拭き始めた。
「・・・怒らないんですか?」
美鈴が意外そうに咲夜の顔色を伺う。
「悪いけど、それどころじゃないの。
 ・・・じゃあ、残りの皿を洗って貰おうかしら。お願いね」
ぽかんとした美鈴を残して、咲夜は足早に出ていった。

レミリアの部屋に向かう途中の廊下に、フランドールがいた。
きょろきょろと何かを探しているらしく、咲夜の姿に気付くと声を掛けてきた。
「ねえねえ、咲夜」
「何でしょうか、フランドールお嬢様」
「お姉様を見なかった?
 明日、神社に行くんだったら私も起こしてもらって
 一緒に行こうと思ったんだけど・・・
 晩御飯の後、全然見てないのよね。お部屋にもいないみたいだし」
嫌な予感がした。
「・・・そう、ですか。・・・すいません、ちょっと用事を思い出しました」
「あ、ちょっと、咲夜?」
「すぐ戻ります」
咲夜はそう言うと再び足早に、玄関へと向かった。

「・・・鍵が・・・」
レミリアが帰ってきた時にかけたはずの鍵が、何時の間にか内側から外されていた。
それは、つまり誰かが外へと出て行ったことを意味する。
咲夜の嫌な予感は、確信へと変わる。
「・・・レミリアお嬢様!」
咲夜は外へと飛び出していった。

その頃、博麗神社はもうすっかり灯りも消え、
霊夢も寝床の中で眠りに就こうとしていた。
寝返りを打つと、ふと、血のように紅い月が目に飛び込んできた。
「紅い月か・・・そういえば、レミリアと初めて会った時もこんなに紅い月だったわね」
その時のレミリアとのやり取りを思い出して、思わず笑ってしまう霊夢。
「ふふ・・・あの時はこの世から出て行けだの、本気で殺すだのと言ってたんだっけ」

その時の勝負に勝って霧を出すのを止めさせてから、何日か経った頃、
突然レミリアが日傘を差して神社に遊びに来たのだった。
最初は流石に面食らい、やや彼女を邪険に扱ってきた節もある霊夢だったが、
「霊夢さんは、お嬢様にとって初めての、紅魔館の外の世界でのお友達なんですよ。
 それに、初めての人間のお友達でもありますしね」
という咲夜の言葉を聞くと、毎日のように遊びに来る理由も解った気がした。
始めこそ毎日のように現れるレミリアに少々閉口ぎみではあった。
仮にも、妖怪退治を生業とする巫女が、吸血鬼と付き合うだなんて。
・・・まあ、魅魔という前例があるわけだが・・・
しかし、それでも、全く純粋な気持ちで接してくれるレミリアに、
次第に妹のような愛おしさを感じるようになっていった。

「吸血鬼だなんて言っても・・・いつもは普通の女の子ね」
初対面の時とのギャップを再び思い出して、くすりと笑う。
霊夢は再び寝返りを打ち、目を閉じ、眠りに就こうとした。

その時。
突然強烈な悪寒を感じ、目をかっと開く霊夢。
「この感じは・・・神社の中に凄い力を持った「何か」が入って来た・・・?
 それにしても、物音一つさせずに入ってくるなんて・・・」
寝巻きのまま、布団から飛び起きる。

振り向くとそこには、レミリアの姿があった。
つい今まで自分が見ていた、血のように紅い月を背にして。
霊夢はぞっとした。体中から冷や汗が噴出す。
余りの予想外の出来事に一瞬頭が真っ白になったが、それでも何とか声を絞り出す。
「・・・レ、レミリア?
 ど、どうしてこんな所に・・・というか、一体どこから・・・?」
無言のまま微動だにせず、表情一つ変えないレミリア。
ただ、その頬には一筋の涙が見えた。

霊夢には無限とも感じられる長い間を置いて、レミリアが口を開いた。
「・・・霊夢・・・私の事・・・好き?」
「な、突然なんなの」
そう言って一歩一歩霊夢に歩み寄ってくるレミリア。
「・・・私は好きよ、霊夢が・・・」
「・・・」
凍り付くような冷たい眼差し。何の感情も込められていないような声色。
ただそれだけで、余りの恐怖に身動き一つ出来ない。
そこにいたのは、まさに「吸血鬼」。
レミリアが手を伸ばし、霊夢の頬にそっと触れる。
霊夢は全身の力が抜けたように、ぺたんと布団の上に座り込んでしまった。
そのままゆっくりと霊夢の後ろに回りこむレミリア。
後ろから肩に手を回し、霊夢におぶさるようにする。
「霊夢、憶えてる?今日、私が訊いた事」
「・・・死ぬのが怖いか、って事・・・?
 ・・・それとも、寿命の話・・・?」
喉が枯れ、声が出ない。
「そう」
レミリアは続けた。
「私は500年も生きてまだこんなに小さいのに・・・
 あなた達人間は、100年も生きない内に死んでしまうわ。
 私が、今まで生きた時間の5分の1の年月も刻まないうちに、
 霊夢は私の前から消えてしまうの・・・」
「・・・」
「でも、私は大好きな霊夢とずっと一緒にいたい。
 だから、決めたの。私がこうすればいい、って」
急に体が締め付けられるのを感じた霊夢。
レミリアが、その細い腕からは信じられないほどの力で、霊夢の体の自由を奪う。
「痛・・・ちょ、ちょっとレミリア、何をするつもり?」
レミリアはその問い掛けには答えず、
代わりに、霊夢の首筋にレミリアの吐息がかかる。
「あ、あなた、もしかして・・・」
「・・・そう。霊夢に私と同じ、吸血鬼になってもらうわ。
 そうすれば、いつまでも一緒だもの・・・」
「ちょ、ちょっと、レミリア!止めて!」
霊夢は有らん限りの力を振り絞ってレミリアの腕をほどこうとするが、びくともしない。
「ごめんね。痛いのは最初だけだから・・・」
まるで、嫌がる子供に注射でもする時のような言葉の後、
一瞬の間を置いて、霊夢の首筋に痛みが走った。
「あ、あ・・・」
レミリアに血を吸われているのが解る。と同時に、全身から力が抜けていく。
言葉を出せるだけの気力も無くなる。目の前が、真っ暗になってゆく。
そして、意識を失いかけた──その瞬間。

「ごほっ!ごほごほ」
激しく咳き込む声で、急激に意識が引き戻された。
気が付くと、レミリアが血を吐いて苦しそうに咳き込んでいる。
「レミリア!大丈夫!?」
それは自分の血なのだ、ということに気付くのに一瞬かかった。
「ごほごほ」
咳き込むレミリアの背中をさすってやる霊夢。
今の今まで自分の血を吸い尽くそうとしていた吸血鬼相手に何をやってるんだ、
と思いながらも、咳がおさまるまで背中を撫でてやる。
「・・・もう大丈夫?」
顔を上げたレミリアが涙目で答える。
「私は大丈夫だけど、霊夢は・・・」
「ああ、私は・・・」
そこまで言うと、急に意識が途切れた。

・・・気が付くと、自分の顔を心配そうに覗き込むレミリアの顔があった。
吸血鬼ということを微塵も感じさせない、いつものレミリア。
「気が付いた?」
レミリアに笑顔が戻る。
「・・・ん・・・」
何があったのかを思い出すまでに少し時間がかかったが、
何とか意識を失う直前まで思い出せた。
「咲夜ー、霊夢が起きたよー」
レミリアに呼ばれて、台所からリンゴを持って現れる咲夜。
「霊夢さん、気がつかれましたか。良かった良かった」
「もう、冷や冷やしたぜ」
と、咲夜の後から、リンゴを食べながら魔理沙が現れた。
「二人とも・・・どうしてここに?」

丁寧に皮をむかれたリンゴを霊夢の枕元に置いて、咲夜が話し始めた。
「私は、もしかしてレミリアお嬢様が霊夢さんのところに向かわれたのではないか、
 と思ってここに参りました」
「私は、そこにたまたま通りかかっただけだったんだが」
「神社の中に入りましたところ、ぐったりしている霊夢さんを前に
 レミリアお嬢様が泣きじゃくっていまして・・・
 辺り一面血だらけでしたので、何が起こったのかは容易に想像がつきました」
「・・・で、その時神社の中に入るのに、しっかり閂掛かってたもんだから、
 マスタースパーク撃って壊して入ったんだよ。
 でも緊急事態だったし、まあしょうがないよな」
扉の修理のことを考えると、霊夢は頭が痛くなった。
「レミリアは・・・どうやって入ってきたの?」
「レミリアお嬢様は、月の紅い夜には吸血鬼本来の能力を発揮できます。
 音も無く壁を抜ける事など造作もありませんわ」
そこまで言うと、咲夜が魔理沙に目配せをした。
それを合図に、席を外す魔理沙。
霊夢が窓の外に目をやると、もう日が昇っていた。

「・・・レミリアお嬢様」
さっきから、ずっと体を小さく縮こませていたレミリアがびくっとする。
「やっぱり、私とパチュリーの話をお聞きになっていたんですね」
無言のまま頷くレミリア。
「そうでしたか・・・」
「一体、どんな話?」
恐る恐る尋ねる霊夢。
「・・・レミリアお嬢様は霊夢さんの事を大変に好いていらっしゃいます。
 ですが、私達人間はお嬢様達から見ると非常に短命・・・」
「だから、私を吸血鬼にしようとした訳ね」
「・・・その通りです」
暫くの沈黙。

「・・・でも、考えてみれば吸血鬼が血を吸うのは当然の事で、
 それで吸血鬼が一人や二人増えたって、それはしょうがない事なのよね」
と、霊夢。
「それはその通りです・・・が、そうすると吸血鬼が増えすぎる問題が生じる訳です。
 吸血鬼が徒に血を吸って吸血鬼を増やす事は、
 野生の肉食動物が、食べもしない動物を殺すのと同じ、あってはいけない事。
 もしそんな事をするようであれば、いかに他の種族に畏怖される吸血鬼と言えども、
 幻想郷に居続ける事はできなくなるでしょう」
「・・・難しいものね」
「ですから、通常はレミリアお嬢様とフランドールお嬢様には、
 血だけを紅茶などとしてお出ししているわけですが」
霊夢が思い出したように言った。
「あ、で・・・結局私は吸血鬼になっちゃったのかしら」
咲夜が首を横に振った。
「いえいえ、ただ単に血を吸われた程度では吸血鬼にはなりませんよ。
 吸血行為によって相手の生命を奪う事が条件なのです」
「あ、そうなんだ」
ほっとする霊夢。
「レミリアお嬢様は小食なので、霊夢さんの血を吸い切れなかったようですね。
 吸いながら随分とこぼしてたみたいだったし・・・
 それでも無理に吸い続けたので、咳き込んでしまわれたようです」
「・・・小食だなんて・・・そんな理由で私は助かったのかしら」
霊夢は眩暈がした。

「ま、私が生きてたから良かったようなものの、
 今後はこんなことしちゃダメよ、レミリア」
霊夢の言葉に、おずおずと顔を上げるレミリア。
「・・・霊夢は嫌だった?吸血鬼になるのが・・・
 だって、人間のままでいるよりずっと長く生きていられるのよ?
 その方がずっといいじゃない。・・・私だって霊夢といられるし・・・」
まだ納得いかないようだ。
「うーん・・・あのね、レミリア」
少し考えた後、霊夢は諭すように話し始めた。
「その人・・・ま、妖怪とかも含めて・・・の一生が長いか短いかなんてのはね、
 結局、他の人の物差しで計れるものではないの。
 長く生きられなくったって、それに見合う分だけ、
 それとも、もしかするとそれ以上に充実した一生を過ごす人だっているの。
 だから、無理に寿命を延ばすことなんて無い」
レミリアは黙って話を聞いていたが、
霊夢が話し終えると一言呟いた。
「・・・でも、やっぱり長く生きられたほうがいいんじゃない?」
「レミリアお嬢様ったら。折角霊夢さんがいいお話をして下さったのに」
「ふふ・・・まあ、大人になったらいずれ解るわ」
レミリアはぶー、と口を尖らせて黙りこんだ。
どうやら少しは反省したようである。

と、そこに魔理沙が入ってきた。
「・・・まあ今は、霊夢が生きてるうちに思う存分甘えとくのがいいぜ」
レミリアが訊いた。
「魔理沙は、吸血鬼になりたいって・・・思う?」
「私か?そうだな、そんなになりたいとも思わないけど、
 まあなったらなったで面白そうかもな」
「霊夢、さっきとちょっと話が違うんじゃ・・・」
「まあ、中にはこういう人間もいるわね・・・
 それも、大人になったら解るわ」
魔理沙が頭をかきながら言った。
「あー、それより、なんだ。早速チャンスじゃないか。
 動けない霊夢にリンゴをたらふく食わせてやれ」
「そっか、そうする」
レミリアは、先程から手をつけられていない枕元のリンゴを、霊夢の口に持っていった。
「はい、霊夢、あーん」
「もう、リンゴぐらい一人で食べられるわよ」
恥ずかしそうに顔を背ける霊夢。
「・・・そう?じゃ、一人で食べてみて」
リンゴを皿に置くレミリア。
霊夢は布団から手を出してリンゴを取ろうとするが・・・
「あれ?」
動かない。
手だけでなく、足も、ほとんど動かなかった。体に力が入らない。
「やっぱり動きませんか」
咲夜が言った。
「ど、どういう事?」
「恐らく、レミリアお嬢様に血を吸われた時の影響ではないかと・・・
 体から力が抜けていくような感じがしませんでした?」
「そう言えば・・・」
「レミリアお嬢様が、吸血鬼として本能的に霊夢さんの力を奪ったと考えられます。
 ですが・・・霊夢さんはレミリアお嬢様のお背中をさすってあげたとか」
「そうだけど」
咲夜はしきりに首をかしげた。
「私には、寧ろその方が信じられないんですよね。
 今でもその状態なのに、どうしてあの時動けたのかなと・・・」
「え・・・」
「うーん、どうしてでしょうねえー」
そう言うと咲夜は、にこにこしながらレミリアと霊夢の顔を代わる代わる見た。
「やっぱり霊夢さんも、よっぽどレミリアお嬢様のことが好・・・」
「そう!そうなの。よっぽど心配だったのよね、レミリアが。うん」
霊夢が、慌てて咲夜の言葉を遮った。
きょとんとするレミリア。
「全く素直じゃない奴だぜ」
「まあ、そういう訳で、リンゴはレミリアお嬢様が食べさせてあげてください」
「はい、霊夢、あーん」
嬉しそうにリンゴを霊夢の口元に運ぶレミリア。
しょうがなくリンゴを頬張る霊夢。

「しかし考えてみると、これじゃあ霊夢が甘えてるみたいだぜ」
魔理沙が茶化した。
「好きでこうしてるんじゃないわよ!」
「解った解った。あー、そうだ」
にやりとする魔理沙。
「どうせ動けないんだから、いっそ口移しで食べさせてやったらどうだ?」
「何でそうなるのよ!」
恥ずかしそうにしながらも、リンゴを口に含むレミリア。
「何でレミリアも乗り気なのよ!」
「レミリアお嬢様、お止めください」
「ふう、咲夜さんだけはまともね・・・」
「霊夢さん、動けるようになるまでは、
 毎日レミリアお嬢様がこちらにいらっしゃって看病なさいますので」
「え・・・」
「レミリアお嬢様、そういう事はお二人だけの時になさって下さいねえー」
楽しそうな咲夜。
「はーい」
「ちょ・・・あんた達ー!」
「怒った怒った」
楽しそうに笑う魔理沙。咲夜。レミリア。そして、霊夢。

こんなに楽しい時間がいつまでも続けばいいのに。
でも、それは叶わぬ事。
せめて、自分がいる間はこの少女に淋しい思いはさせまい。
霊夢は、レミリアの笑顔を見ながらそう思った。


−終−

余談